名古屋教区典礼委員会
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年間第9主日

マルコによる福音(マルコ2・23-3・6)

  ある安息日に、イエスが麦畑を通って行かれると、弟子たちは歩きながら麦の穂を摘み始めた。ファリサイ派の人々がイエスに、「ご覧なさい。なぜ、彼らは安息日にしてはならないことをするのか」と言った。イエスは言われた。 「ダビデが、自分も共の者たちも、食べ物がなくて空腹だったときに何をしたか、一度も読んだことがないのか。アビアタルが大祭司であったとき、ダビデは神の家に入り、祭司のほかにはだれも食べてはならない供えのパンを食べ、一緒にいた者たちにも与えたではないか。」 そして更に言われた。「安息日は、人のために定められた。人が安息日のためにあるのではない。だから、人は安息日の主でもある。」イエスはまた会堂にお入りになった。 そこに片手の萎えた人がいた。人々はイエスを訴えようと思って、安息日にこの人の病気をいやされるかどうか、注目していた。イエスは手の萎えた人に「真ん中に立ちなさい」と言われた。そして人々にこう言われた。「安息日に律法で許されているのは、善を行うことか、悪を行うことか。 命を救うことか、殺すことか。」彼らは黙っていた。そこでイエスは怒って人々を見回し、彼らのかたくなな心を悲しみながら、その人に「手を伸ばしなさい」と言われた。伸ばすと、手は元どおりになった。ファリサイ派の人々は出て行き、早速、ヘロデ派の人々と一緒に、どのようにしてイエスを殺そうかと相談し始めた。
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