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待降節・降誕節を活かすには?

  待降節の時期は忘年会、クリスマス・セール、お歳暮や年賀状書きと忙しい時期でもあります。教会でも降誕祭前の待降節中にクリスマス・パーティーが行われ、家庭のクリスマスツリーや飼い葉桶は待降節の初めから飾られます。
  それらは降誕祭が過ぎると間もなく片付けられるので、降誕節が降誕祭の一日で終わる感じさえします。日本では、降誕祭が終わるとクリスマスツリーは門松に変わり、お正月を迎える準備に入ります。正月には、郷里に帰り、教会に行くのが難しい方もいます。 神の母聖マリアの祭日は元旦の行事に消えてしまい、成人式の方が主の公現の祭日よりも大切に思われてしまうことが多いのではないでしょうか。皆さまの場合はいかがですか。

【提案】
  〜皆さまなら、どうなさいますか〜

  教会共同体の兄弟姉妹と一緒に祝った降誕祭の本来の意味を、家庭でも家族そろってともに祝うことが理想でしょう。しかし、ご夫婦の片方だけが信者だったり、家族のなかで自分だけが信者であることもまれではありません。 その場合、その日の喜びをミサの時間だけにしないために、夕食は家族そろって、贅沢でなくても心のこもった家族の為のクリスマスを祝うテーブルにしてはいかがでしょうか。その祝いの食卓が<世>のクリスマスのようでなく、<聖家族の祝い>になるように、 教会に行くことを理解してくれていることへの感謝の心を感じていただけるような宴にしてはどうでしょうか。

〔ヒント〕

1  夫婦のどちらかが未受洗者なら、ふだんのご理解に感謝する宴を工夫する。
2  子なら親に、親なら子に、主の降誕を喜びとして伝える宴を工夫する。
3  ご理解ある家庭なら、近所の一人住まいの方を招くなど、喜びを分かち合う。
4  近所の親しい信者の家族と一緒に、クリスマスを地域で祝う計画をする。

などいかがでしょうか、色々考えてやってみてください。そのような心で1年を過ごせると、あるいは次の年には典礼を含めて、一緒にクリスマスを祝うようになるかもしれませんね。

  日本の社会でもクリスマスは兄弟愛、平和のイメージのシーズンです。恵まれない人たちに寄付する習慣は一般的になりました。しかし、私たちは神の受肉すなわち神の御子が神でありながら、 自ら人になり、人の隣人になってくださったことを忘れず、信者としてゆずることのできないこと以外、私たちも自らの時間・体・心のすべてを、ふだん近くにいる方のもとに置いて、その方の思いを第一にして、共に生きる1年の始まりにしたいものです。

         カトリック横浜教区典礼委員会発行「典礼の風No.4」より
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