≪≪HOME
    ≪≪典礼の風TOP
空白

待降節を考える

  典礼歴の待降節には二つの特質があります。第一は神の子の来臨を追憶する降誕祭への準備期間です。第二は、その追憶を通して、週末におけるキリストの再臨の待望へと心を向ける期間です。この二つの意味で、待降節は喜びと希望に満ちた待望の時であるといえます。

待降節の時に何を待つ

  既にあったことを待つのではありません。つまり、2000年前の出来事であるイエス・キリストの誕生を待つのではなく、私たちが待つのはイエスの栄光の再臨です。世の終わりではなく、世の完成を待つのです。
  信者はイエスの再臨を待つ心をいつも持っています。ミサで聖変化のあとに「主を思い、復活をたたえよう、主が来られるまで」と唱え、また主の祈りの副文では「私たちの希望、救い主イエス・キリストが来られるのを待ち望んでいます」と唱えます。
  待降節のあいだ、特に12月16日までは、主キリストの再臨を待つ心で準備することが望まれます。待降節第1主日の朗読では必ず再臨の部分が読まれます。17日から、イエスの誕生の記念を祝う思いが強くなっていき、第4主日には必ずマリアに関する箇所が読まれ、聖母マリアとともにその準備をします。
  この時期の典礼はおもに三人の導きによって待つ心を育てます。それはイザヤ、洗礼者聖ヨハネと聖母マリアです。

12月17日は一つのさかい

  前述したように待降節は二つの部分によってできています。12月16日までは主の再臨を考えますが、17日からイエスの誕生の祭日を準備します。17日からは叙唱が変わります。また、この期間には聖人の記念のミサができません。もし、聖堂に飼い葉桶を飾るのであれば17日からが適当でしょう。また、「教会の祈り」の「晩の祈り」で唱える福音の歌の交唱は毎日変わります。

         カトリック横浜教区典礼委員会発行「典礼の風No.4」より
空白