名古屋教区典礼委員会
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四旬節第2金曜日

マタイによる福音(マタイ21・33-40、45-46)

「もう一つのたとえを聞きなさい。ある家の主人がぶどう園を作り、垣を巡らし、その中に搾り場を堀り、見張りのやぐらを建て、これを農夫たちに貸して旅に出た。 さて、収獲の時が近づいたとき、収獲を受け取るために、僕たちを農夫たちのところに送った。だが、農夫たちはこの僕たちを捕まえ、一人を袋だたきにし、 一人を殺し、一人を石で打ち殺した。また、他の僕たちを前よりも多く送ったが、農夫たちは同じ目に遭わせた。そこで、最後に、 『わたしの息子なら敬ってくれるだろう』と言って、主人は自分の息子を送った。農夫たちは、その息子を見て話し合った。 『これは跡取りだ。さあ、殺して、彼の相続財産を我々のものにしよう。』そして、息子を捕まえ、ぶどう園の外にほうりだして殺してしまった。 さて、ぶどう園の主人が帰って来たら、この農夫たちをどうするだろうか。』彼らは言った。「その悪人どもをひどい目に遭わせて殺し、ぶどう園は、季節ごとに収獲を 納めるほかの農夫たちに貸すに違いない。」イエスは言われた。「聖書にこう書いてあるのを、まだ読んだことがないのか。

『家を建てる者の捨てた石が、
これが隅の親石となった。
これは主がなさったことで、
わたしたちの目には不思議に見える。』

だから、言っておくが、神の国はあなたたちから取り上げられ、それにふさわしい実を結ぶ民族に与えられる。」
祭司長たちやファリサイ派の人々はこのたとえを聞いて、イエスが自分たちのことを言っておられると気づき、イエスを捕えようとしたが、 群衆を恐れた。群衆はイエスを預言者だと思っていたからである。

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