名古屋教区典礼委員会
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典礼の霊性−ミサの式次第に学ぶ(5)      神言修道会司祭 市瀬英昭

  「教会は<どこ>ですか?」は建物としての教会の場所をきく言葉ですが、「教会は<いつ>ですか?」は、日本語としてこなれていない印象を与えるとしても、教会が、本来は、信者が復活のキリストのもとに集う「出来事」である、という基本的なことを思い出させる、という意味で大切な質問です。「二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいる」(マタイ18、20)との約束を主・キリストは無効にされません。
  ところで、第二バチカン公会議の典礼刷新の目的は、私たちが「信仰の神秘」である感謝の祭儀に心を込めて行動的に参加できるようにすることでした。その方法の一つに儀式の簡素化があります。「ミサの式次第を改訂し、その各部分の固有の意義と相互の関連をより明確にして、信者の敬虔な行動的参加がいっそう容易になるようにしなければならない・・」(『典礼憲章』50条)との方針に沿う形で改定が実行されました。ミサ典礼書の最初に書かれている小さな「典礼注記」(ルブリカ)が会衆の行動的参加を促す象徴的な冒頭句になっています。刷新以前の注記は「司祭が祭壇に向かう準備ができると」というものでしたが、刷新後は「会衆が集うと」という表現に変えられています。祭儀の主体が「会衆」であり、典礼祭儀は教会全体の行為である、という意味がここに込められています。
  さて、会衆が集い、司式者奉仕者らが祭壇に向かう入堂行列の間に、入祭の歌が歌われます。「ミサの始まりは入祭の歌ではなく、各自の洗礼である」という言い方は、この行列と入祭の歌自体が、先に私たちを愛してくださった神の呼びかけに対する私たちの応答である、ということを意味しています。入堂行列はミサの中で行われる三つの典礼的行列の最初のものです。他には、奉納行列と拝領行列がありますが、場合によっては、福音書を捧げ持って朗読台へ向かう行列もこれに加えられることもあります。
  ところで、祭儀中の歌には二種類あると言えます。一つは、式次第の中に組み込まれその機能を果たしているけれども、その自体として独立している歌、例えば、栄光の賛歌、答唱詩編、アレルヤ唱、感謝の賛歌などです。もう一つは、ある儀式に伴うもので、ここに入祭の歌が入ります。この後者のグループには、奉納行列に伴う奉納の歌、パン裂きの間、繰り返される平和の賛歌(アニュス・デイ)そして拝領行列の間に歌われる拝領の歌が入ります(『ローマ・ミサ典礼書の総則』37番参照)。入堂行列を支える入祭の歌の意義については「祭儀を開始し、会衆の一致を促進し、会衆の思いを典礼季節の祝祭の神秘に導入し、司祭と奉仕者の行列を飾ること」と記されています(『総則』47番)。
  この入祭の歌は、歴史的には、教皇チェレスティヌス(432年没)がミサに導入したと言われており、それ以前には、典礼的あいさつの後、すぐに聖書朗読が始まっていました。その様子は、アウグスティヌスの証言(『神の国』22,8)等で伺い知ることができます。いずれにしても、司牧的配慮のもとに導入されたこの入祭の歌を、喜びと一致のしるし、祝祭の雰囲気を醸し出すもの、神の招きに応えて感謝の祭儀を祝うために私たちの心とからだを整えさせるものとして、大切に歌いたいものです。
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