名古屋教区典礼委員会
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典礼の霊性−ミサの式次第に学ぶ(17)      神言修道会司祭 市瀬英昭

  ことばの典礼の最後は「共同祈願」です。この箇所も今回の典礼刷新で息を吹き返した重要な部分です。この祈願には二つの意味があります。それは、@構造的には「ことばの典礼」を締め括る働きをし、A神学的には会衆(実際は代表者たち)が洗礼によって受けた恵みである「共通祭司職」を果たす、というものです。祭司職の務めは「とりなす」ことにあります。洗礼の恵みを受けた信徒がここで世界の救いのために祈ることでその喜ばしい任務を果たします。 ラテン規範版のタイトルは「普遍的な祈りあるいは信者の祈り」となっていますが、その他にもいくつかの可能性があります。@信者の祈り−これは「誰が」祈るかという祈る主体を強調するタイトルです。A普遍的な祈り−これは「何を」祈るかという内容に焦点を当てた名称。B荘厳な祈り−これは「典礼的」に重要な祈りであることを示すネーミングとなっています。このように、式次第の面からも内容の点からも非常に豊かな部分となっていますので、要は、この箇所を大切に「使いこなす」ことではないかと思われます。

  祈願の意向に関しては四つの基準が上げられています。@教会の必要のため A国政にたずさわるすべての人々と全世界の救いのため Bあらゆるたぐいの困難に悩む人々のためC現地の共同体のため がそれです(『総則』70項)。聖書と典礼のパンフレットを使用することも自分たちで作成することもできるでしょう。内容に関してはあまりにも個人的、具体的に過ぎるものは避ける方がよいかも知れません。「共同」祈願として、「わたしたちの祈りを聞き入れてください」と唱和できるためには「偏りのないもので、 よく考えて自由に、簡潔なことばで作られ、共同体の願いを表明」できるものが求められます(『総則』71項)。

  ここで、共同祈願の際の司式者の所作とその意義について記しておきましょう。これに関して旧総則に比べてて新総則は詳しくなっており、「司祭は席で立ち、手を合わせ、短い勧めのことばによって信者を共同祈願へ招く・・司祭は最後に手を広げ、祈りによって嘆願の祈りを結ぶ」と書かれています(『総則』138項)。このルブリカの意味するところは何でしょうか。ミサの中で、私たちは「キリストの唯一の祭司職」を位階的祭司職にある者と共通祭司職に与っている人たちが分け合って担い、受け継いで行きます。 この協働を、司祭が手を合わせて会衆を祈りへ招き、会衆の代表者によってとなえられる祈りに全員で唱和し、最後に、司祭は「手を広げて」祈願を閉じる、という式次第とルブリカが示しています。「手を広げて祈る所作」(オランス)もその祈願が公で重要なものであることを示す動作です。祈願の内容に関しては、旧、新総則に変化はなく、その第二項は「国政にたずさわる人々と全世界の救いのため」であって、教会が世界の救いのための「いわば秘跡」であることが暗示されています。 よい共同祈願が祈られるためには、私たちの住む社会、世界でどのようなことが起きているか、それらを福音の光のもとで見るとどう見えるか、どのような課題が私たちに課せられているかについて、日頃から心にとめていることが大切だと思われます。典礼は、キリストを仲介者とした「神と人との語らい」ですが、共同祈願は、「人間は語りかけられる存在であると同時に自ら語り出す存在でもある」ことを思い出す場ともなっています。

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