名古屋教区典礼委員会
 
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復活節第4月曜日

【復活節第四主日がA年の場合】
ヨハネによる福音(ヨハネ10:11-18)

  そのとき、イエスは言われた。「わたしは良い羊飼いである。良い羊飼いは羊のために命を捨てる。羊飼いではなく、自分の羊を持たない雇い人は、オオカミが来るのを見ると、羊を置き去りにして逃げる。 ――狼は羊を奪い、また追い散らす。――彼は雇い人で、羊のことを心にかけていないからである。わたしは良い羊飼いである。わたしは自分の羊を知っており、羊もわたしを知っている。それは、父がわたしを知っておられ、 わたしが父を知っているのと同じである。わたしは羊のために命を捨てる。わたしには、この囲いに入っていないほかの羊もいる。その羊を導かなければならない。その羊もわたしの声を聞き分ける。こうして、羊は一人の羊飼いに導かれ、 一つの群れになる。わたしは命を、再び受けるために、捨てる。それゆえ、父はわたしを愛してくださる。だれもわたしから命を奪いとることはできない。わたしは自分でそれを捨てる。わたしは命をすてることもでき、 それを再び受けることもできる。これは、わたしが父から受けた掟である。」

【復活節第四主日がB年・C年の場合】
ヨハネによる福音(ヨハネ10:1-10)

  そのとき、イエスは言われた。「はっきり言っておく。羊の囲いに入るのに、門を通らないでほかの所を乗り越えてくる者は、盗人であり、強盗である。門から入る者が羊飼いである。門番は羊飼いには門を開き、 羊はその声を聞きわける。羊飼いは自分の羊の名を呼んで連れ出す。自分の羊をすべて連れ出すと、先頭に立って行く。羊はその声を知っているので、ついて行く。しかし、ほかの門には決してついて行かず、逃げ去る。 ほかの者たちの声を知らないからである。」イエスは、このたとえをファリサイ派の人々に話されたが、彼らはその話がなんのことか分からなかった。
  イエスはまた言われた。「はっきり言っておく。わたしは羊の門である。わたしより前に来た者は皆、盗人であり、強盗である。しかし、羊は彼らの言うことを聞かなかった。わたしは門である。わたしを通って入る者は 救われる。その人は、門を出入りして牧草を見つける。盗人が来るのは、盗んだり、屠ったり、滅ぼしたりするためにほかならない。わたしが来たのは、羊が命を受けるため、しかも豊かに受けるためである。」

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サン・イシドロ教会
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羊の門
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