名古屋教区典礼委員会
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受難の叙唱  三  十字架

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      あなたは人類を十字架の木によってお救いになり、
      木から死が始まったように、木から生命を復活させ、
      木によって勝ち誇った悪霊を木によってうち滅ぼしてくださいました。

  この三行を読んで戸惑いをおぼえました。ラテン語のローマ・ミサ典礼書にある主の受難の第二叙唱の翻訳ではないことは明確です。ローマ・ミサ典礼書の十字架称賛(9月14日)の祭日の公有式文の箇所を開いてみたらその謎はとけました。ラテン語の原文と英語訳を載せましょう。

      De victoria crucis gloriosae

      Qui salutem humani generis in lingo crucis constituisti,
      et, qui in lingo vincebat, in lingo quoque vinceretur
      ut nos, qui Christum Regem exsultando prosequimur,
      per ipsumper Christum Dominum nostrum.

      For you placed the salvation of the human race
      on the wood of the Cross,
      so that, where death arose
      life might spring forth
      and the evil one, who conquered on a tree,
      might likewise on a tree be conquered,
      through Christ our Lord.

  上記でもに指摘したとおり、現在のローマ・ミサ典礼書の四旬節第五主日は以前 Dominica in Passione と称されていました。それだけではなく、その日を含めて、聖週間の水曜日までこの叙唱だけ使用されいました。

  ところで、ラテラン大聖堂近くにも一つ訪問をしていただきたいべ大聖堂あります。Basilica di San Clemente.
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  祭壇の後ろの天井のモザイクにこの叙唱に書いてあることが見事に描写されています。十字架は新しいいのちの木となっています。

  教会の長い歴史を通して創世記2、3章に登場する善悪の知識の木と十字架の木について、いろいろな考察か伝説は伝えられてきました。アダムはその木の種か苗をいただいた。幾世期を立ってそれはモーセの杖になり、神殿の門の柱及びその他の重要な部分になりました。イエスが誕生して、ヨセフが建てた家の大黒柱になり、その家は廃屋になったとき、その柱はローマ兵隊がひろい、イエスが背負った十字架になりました。人類を滅ぼした木は新しいいのちの木となった。死の象徴はイエスの受難を通していのちのしるしとなった。一日の初めに、祈りとして、祝福として十字架のしるしを切ることは過越の神秘を証しています。

  上記でもに指摘したとおり、現在のローマ・ミサ典礼書の四旬節第五主日は以前 Dominica in Passione と称されていました。それだけではなく、その日を含めて、聖週間の水曜日までこの叙唱だけ使用されいました。

  現在の日本語のミサ典礼書を翻訳した方々はこの長い歴史を踏まえて、ラテン語のローマ・ミサ典礼書の受難第二の叙唱の代わりにこの叙唱を四旬節、聖週間の典礼のために採用したかわかりませんがその選択を評価したいと思います。

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