名古屋教区典礼委員会
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聖金曜日―主の受難

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聖金曜日の典礼の中で今回取り上げる三つの祈願のほかに、「盛式共同祈願」ありますが筆者の勉強不足とこの連載のための準備の都合上で省略させていただきます。近い将来に取り上げることができますように……

祈願

      憐れみ深い神よ、
      御子キリストはあなたの民のために
      ご自分の血によって過越の神秘を定めてくださいました。
      いつくしみを忘れずこの民を永遠の愛のうちにお守りください。

      (または)

      全能永遠の神よ、
      御ひとり子キリストの受難によって、
      あなたはすべての人におよぶ死の遺産を打ち砕いてくださいました。
      罪の重荷を負うわたしたちが恵みによって聖とされ、
      キリストに結ばれて新しいひととなりますように。

      Reminiscere miserationum tuarum , Domine,
      et famulos tuos aeterna protectione sanctifica,
      pro quibus Christus, Filius tuus,
      per suum cruorem instituit paschale mysterium

      (Vel/Or)

      Deus, qui peccati veteris hereditariam mortem,
      in qua posteritatis genus omne successerat,
      Christi Filii tui, Domini nostri, passione solvisti,
      da, ut, conformes eidem facti,
      sicut imaginem terreni hominis
      naturae necessitate portavimus,
      ita imaginem caelestis
      gratiae sanctificatione portemus.

      Remember your mercies, O Lord,
      and with your eternal protection sanctify your servants
      for whom Christ your Son,
      by the shedding of his Blood,
      established the Paschal Mystery.

      (or)

      O God, who by the Passion of Christ your Son, our Lord,
      abolished the death inherited from ancient sin
      by every succeeding generation,
      grant that just as, being conformed to him,
      we have been borne by the law of nature
      the image of man on earth,
      so by the sanctification of grace
      we may bear the image of the Man of heaven.

  主の受難の祭儀は沈黙のうちに始まります。そのあと司式者は一つの祈りを唱える。二つの祈りから選択できます。ところで日本語の「聖週間の典礼」の本に載せた本にある二つ目は原文にある半分程度しか訳していません。載せてあるもののコメントの後、原文にある二つ目の私訳を載せます。

一つ目の祈り
  「憐れみ深い神よ、」はラテン語の “Reminiscere miserationum tuarum , Domine,” の翻訳として骨を抜けたものとなっています。「今まで人類に対して見せてくれた憐みを思い起こして下さい」。祈っている人々の御父に対して持っている深い信仰から湧いてくる祈りです。
  二行目からも原文を反映していません。「そして聖とされたあなたの僕(たち)を保護、擁護(かばい、守る)ように」。「あなたの御子キリストは自分の血を流して過越の神秘を定めてくださいました。キリストの過越神秘によって私たちは守られています。」日本語の祈りの最終行の根拠は原文に見当たりません。

二つ目の祈り
  はじめの三行は原文に近いと思います。「神よ」は充分なのに、なぜ「全能永遠の」を加えたのでしょう。残りの二行は原文の意訳として成り立っていません。今のままでも、初めの三行は残りの前提となっていますので区切ることによって祈り全体の構造が毀してしまう。文章そのもの、原文に比べて神学的な内容は平凡すぎます。

原文の二つ目の祈りの私訳

神よ、御ひとり子キリストの受難によって、世の初めからすべての世代に受け継がれた罪の荷を取り除かれて、抹消して、わたしたちが、自然の法則によって土に属した人間として生まれながらその同じキリストの恵みによって聖とされて、天の子(神の子)の似姿にかわりますように。

  一つの文章にすれば読み辛い日本語になりますが、含まれた過越の神秘の神学がいくらでも浮き彫りになったなら…..と。(注意:この私訳を作成に当たって、Anscar J Chupungco O.S.B., “The Prayers of the New Missal” (The Liturgical Press, 2013) を参考にしました。)


拝領祈願

      全能永遠の神よ、
      あなたは、御子のとうとい死と復活によって、
      わたしたちをあがなってくださいました。
      この過越の神秘にあずかるわたしたちが、
      いつも心を尽くしてあなたに使えることができますように。

      Omnipotens sempiterne Deus,
      qui nos Christi tui beata morte et resurrection reparasti,
      conserva in nobis opus misericordia tuae,
      ut huius mysterii participatione
      perpetua devotione vivamus.

      Almighty and ever-living God,
      who have restored us to life
      by the blessed Death and Resurrection of your Christ
      preserve in us the work of your mercy,
      that, by partaking of this mystery,
      we may have a life unceasingly devoted to you.

  日本語で「あがなってくださいました」はラテン語の原文に “reparasti” 、英語訳の “restored us to life” ― 命に取り戻したという意味。祈る人の気持ち、聞く人に心に響くかの観点から考えれば今の訳は固すぎではないかと思います。それに続く原文にあるconserva in nobis opus misericordia tuae, 英語訳, preserve in us the work of your mercy, あなたの憐み、かいつくしみの業のうちに守ってくださいという表現は「あがない」の概念と相容れません。残りの二行は原文に比較的に忠実に翻訳されていますが。指摘したところをもっと誠実に訳したらこの祈りをこの日唱える意味がもっと明確に伝えられます。


会衆のための祈願

      いつくしみの神よ、
      ひとり子の死を記念し、
      復活の希望を新たにしたこの民の上に、
      豊かな祝福を注ぎ、
      ゆるしと励ましを与え、信仰を強め、
      永遠の救いを確かなものとしてください。

      Oratio super populum
      Super populum tuum, quaesumus, Domine,
      qui mortem Filii tui in spe suae resurrectionis recoluit,
      benediction copiosa descendat
      indulgentia veniat, consolation tribuatur,
      fides sancta succrescat, redemption sempiterna firmetur.

      Prayer over the People
      May abundant blessing, O Lord, we pray,
      descend upon your people,
      who have honoured the Death of your Son
      in the hope of their resurrection:
      may pardon come,
      comfort be given,
      holy faith increase,
      and everlasting redemption be made secure.

  これほど原文に近い訳めったに出会いません。英語の訳も比較的に読みやすいです。一箇所でその英語の訳に倣って変えたい。「ゆるしと励ましを与え」を「彼らにゆるしが訪れ、励ましを与え」にすればもっとふさわしいのではないかと思います。原文の “indulgentia” は, “tender love”, ヘブライ語の “hesed” の意味も持っています。別の訳にすれば “限りない憐みを訪れ”は考えられます。イエスの受難と復活、過越の神秘は「神の限りない憐みの訪れ。」聖金曜日はなんで英語で “Good Friday”, 愛の勝利を記念する日と呼ばれているかの質問の答えはすこしでもみなさんこれでわかるでしょう。
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