名古屋教区典礼委員会
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主の公現の叙唱と集会祈願

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集会祈願

      すべての民の光である父よ、
      あなたはこの日、星の導きいよって御ひとり子を諸国の民に示されました。
      信仰の光によって歩むわたしたちを、
      あなたの顔を見る日まで導いてください。

      Deus, qui hodierna die Unigenitum tuum
      gentibus stella duce revelasti,
      concede propitious, ut qui iam te ex fide cognovimus,
      usque ad contemplandam speciem tuae celestudinis perducamur.

      O God, who on this day revealed your Only Begotten Son to the nations
      by the guidance of a star,
      grant in your mercy
      that we, who know you already by faith,
      may be brought to behold the beauty of your sublime glory.

  福音箇所
  マタイ 2:1-12

叙唱  主の公現 諸国民の光キリスト

      あなたは御子キリストを遣わし、
      諸国の民に救いの神秘を示してくださいました。

      キリストは死に定められた人間の姿をもってあらわれ、
      わたしたちを不死のいのちに呼びもどされます。

      Quia ipsum in Christo salutis nostrae mysterium
      hodie ad lumen gentium revelasti,
      et, cum in substantia nostrae mortalitatis apparuit,
      nova nos immortalitatis eius Gloria reparasti.

      For today you have revealed the mystery
      of our salvation in Christ
      as a light for the nations,
      and when he appeared in our mortal nature,
      you made us new by the glory of his immortal nature.

解説

  「主の公現」と名付けられた祭日の意味、その神学を読み解くに当たって集会祈願、叙唱と福音を同時に見るのは有意義な方法ですが、できれば少なくても集会祈願と叙唱の文章を並べてみることを薦めます。その共通のテーマは叙唱の副題に表明されています ―諸国の光キリスト。両方の文章は第二バチカン公会議前のローマ・ミサ典礼書から受け継がれています。 主の公現を1月6日に定着したころの古い文献に今日の集会祈願と叙唱が記録されています。祭日として主の公現の歴史は興味深い。東方教会にとってこの日はイエスの誕生を祝する日となっています。また主の洗礼を祝するときもあった。イエスの洗礼の福音が読まれて、洗礼を授けるにはもこの日も相応しいと考えられた。 説教を考えるとき光、星、遠く、東方から旅しながらお生まれになった新王様、真の王様を求めて来た学者に目を置きながら、この祭日は、今わたしたちに何の意味があるかの話を作りたいと思う。
  ご参考まで多いに市瀬英明神父さんの「キリストの神秘を祝う」(カトリック中央協議会, 2015)に収めている論文を薦めたい。特に25-27ページ。英語を読む方に Patrick K Regan, Advent to Pentecost, (a Pueblo Book/The Liturgical Press, 2012) 62-70 ページも薦めます。
  最後にローマ・ミサ典礼書、第3版から主の公現の前夜ミサの式文も載せていますが日本語訳はまだ用意されていないので今回の連載に取り扱っていません。自分の母国語のローマ・ミサ典礼書、第3版を持参している方はご参照ください。
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