名古屋教区典礼委員会
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主の洗礼の叙唱と集会祈願

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集会祈願

      全能永遠の神よ、
      ヨルダン川で洗礼を受けられたイエズスにあなたは聖霊を注ぎ、
      愛する子であることを示してくださいました。
      洗礼によって新たに生まれ、あなたの子どもとされたわたしたちが、
      いつもみこころに従うことができますように。

      Omnipotens sempiterne Deus,
      qui Christum in Iordane flumine batizatum,
      Spiritu Sancto super eum descendente,
      dilectum filium tuum solemniter declarasti,
      concede filiis adoptionis tuae,
      ex aqua et Spiritu Sancto renatis
      ut in beneplacito tuo lugiter perseverant.

      Almighty ever-living God,
      who when Christ had been baptized in the River Jordan
      and as the Holy Spirit descended upon him
      solemnly declared him your beloved Son,
      grant that your children by adoption,
      reborn of water and the Holy Spirit,
      may always be pleasing to you.

  福音箇所
  マタイ 3:13 17

叙唱  主の洗礼

      イエスがヨルダン川で洗礼を受けられたとき
      あなたは御ひとり子が人となって世にこられたことを
      天からの声によって示されました。
      また聖霊は鳩の姿をして下さり、
      イエスが油を注がれた神のしもべ
      貧しい人に福音を告げるかたであることを知らせてくださいました。
      
(この叙唱に「この叙唱は、主の洗礼の祝日、および洗礼を行われる日ミサに用いることができる。」と
        ルブリカに付け加えられました)

      quia miris signasti mysteriis novum in Iordane lavacrum
      Ut, pervocem de caelo delapsam,
      Habitare Verbum tuum inter homines crederetur;
      et, per Spiritum in columbae specie descendentem
      Christus Servus tuus oleo perungi laetitiae
      ac mitti ad evangelizandum pauperis nosceretur.

      For by the waters of the Jordan
      you revealed with signs and wonders a new Baptism,
      so that through the voice that came down from heaven
      we might come to believe in your Word dwelling among us,
      and by the Spirit’s descending in the likeness of a dove
      we might know that Christ your Servant
      has been anointed with the oil of gladness
      and sent to bring the good news to the poor.

解説

  毎年1月10日から15日間の前後、月曜日にあたることがあります。突然年間週日に入ります。この連載の初めに典礼暦に関するこの文章を引用しました - 「33)降誕節は、主の降誕の「前晩の祈り」に始まり、主の公現後、すなわち、1月6日の直後の主日まで続く。」その日曜日は主の洗礼の祝日を祝う日曜日です。 典礼学者の間では、この日は降誕節に属しないし、年間主日でもないとの学説は主流です。二つの期間の間の渡橋のようなものです。これからイエスの公生活が始まります。
  ヨロッパのある地方に、そして第二バチカン公会議の前まで、2月2日、主の奉献の祝日まで馬小屋を置いて置く習慣が守られましたが、現在では、前日の夕の祈りの前に馬小屋を撤去することとなっています。
  集会祈願と叙唱に書いた通りすべてがヨルダン川から始まります。一つの出会いで始まります。前回書いたように、この日の福音は以前主の公現の福音として朗読することもありました。この日は一つの公現”Epiphany”、啓示”Theophany”を記念する日なのです。

ヨルダン川で洗礼を受けられたイエズスにあなたは聖霊を注ぎ、愛する子であることを示してくださいました。
あなたは御ひとり子が人となって世にこられたことを天からの声によって示されました。


  上述したようにこれからイエスにとってと私たちにとってこの日から始まるということを意識することが肝心です。「イエスが油を注がれた神の僕、貧しい人に福音を告げるかたであることを知らせてくださいました。」と叙唱に指摘していますが、それは同時にわたしたちの使命、召命でもあります。「洗礼によって新たに生まれ、あなたの子どもとされたわたしたちが、いつもみこころに従うことができますように。」(集会祈願)
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