名古屋教区典礼委員会
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待降節の集会祈願
第4主日

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集会祈願

      恵み豊かな神よ、
      わたしたちの心にいつくしみを注いでください。
      みことばが人となられたことを
      信仰によってしたわたしたちが、
      御子の苦しみと死を通して
      復活の栄光にあずかることができますように。

      Gratiam tuam, quaesumus, Domine,
      mentibus nostris infunde, ut qui Angelo nuntiante,
      Christi Filii tui incarnationem cognovimus,
      per passionem eius et crucem
      ad resurrectionis gloriam perducamur.

      Pour forth, we beseech you, O Lord,
      your grace into our hearts,
      so that we to whom the Incarnation of Christ your Son
      was made known by the message of an Angel,
      may by his Passion and Cross
      be brought to the glory of his Resurrection.

  日本語文は所々独自な訳となっています。

  Domine-主はわたしたちの心を恵みで満たすよう願って、お告げによって知るようになった神の子キリストの受肉(Incarnation)わたしたちが、その受難と復活によって、復活の栄光に預かるようになる。

  受肉の神秘によって、イエスのご受難、ご復活、過ぎ越しの神秘は始まっていますと言えましょう。待降節の第一の叙唱の言葉の響き、こだまが聞こえてきます。

A年の福音には、
ご降誕の福音を先取りしているような箇所ですがマタイ、1:23節に目をおけば十分だと思います。

B年の福音には、
お告げの話。わたしたちにとってマリアのFIATは大事です。それに倣ってご降誕をむかえたい。「お言葉どおり、この身になりますように。」

C年の福音には、
マリアは、エリサベトを尋ねる話。マリアの賛歌を読まずに福音の朗読が終わりますが、エリサベトのことば、「主がおっしゃたことは必ず実現すること信じた方は、なんと幸いでしょう。」を思い出しながらマリアの賛歌ご聖体拝領後祈ることはこの日に合っているとおもいます。

  A年:マタイ 1:18-24  B年:ルカ 1:26-38  C年ルカ 1:39-45

  今回の連載には集会祈願と叙唱を中心に、この季節の意味を探ってみよう試みた。取り上げなかった朗読と祈願にまた黙想の種になることはいっぱいあります。時間と機会を見つけて黙想できるような典礼の準備と与り方をすすめたい。

参考文献:
日本カトリック典礼委員会編「キリストの神秘を祝うー典礼暦年の霊性と信心」(カトリック中央協議会 2015)
Adrien Nocent OSB, The Liturgical Year, vol 1, Advent, Christmas, Epiphany (The Liturgical Press, emended/annotated-Paul Turner, 2013)
Martin Connell, Eternity Today ― On the Liturgical Year, vol 1, On God and Time, Advent, Christmas, Epiphany, Candlemas, (Continuum Books, 2006)
Patrick Regan OSB, Advent to Pentecost―Comparing the Seasons in the Ordinary and Extraordinary Forms of the Roman Rite, (A Pueblo book, The Liturgical Press, 2012)
Philip Pfatteicher, Journey into the Heart of God―Living the Liturgical Year (Oxford University Press, 2013)
「主日ミサ典礼書(信徒用)」(ドン・ボスコ、東京、1956)
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