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探る「集会祈願」−一つの試み−
年間第一週

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注意:ローマ・ミサ典書には第一年間主日はありません。年間の期間は主の洗礼の翌日、月曜日から始まります。年間第一週間となっています。

恵み豊かな神よ、
あなたを仰ぎ見る民の、心からの願いを顧みてください。
わたしたちが何をなすべきかを知り、
果たすべき使命を全うすることができますように。
聖霊の交わりの中で、あなたとともに世々いき、
支配しておられる御子、私たちの主イエス・キリストによって。
アーメン。

※例外ありますがほとんどの集会祈願は、「聖霊の交わり・・・」でおわります。以降省略します。

Vota, quaesimus, Domine,
Supplicantis populi caelesti pietate prosequere,
Ut et quae agenda sunt videant,
Et ad implenda quae viderint convalescent.
Per Dominum nostrum Iesum Christum Filium tuum,
qui tecum vivat et regnat in unitate Spiritus Sancti,
Deus, per omnia saecula saeculorum. Amen

Attend to the pleas of your people with heavenly care,
O Lord, we pray,
that they may see what must be done
and gain strength to do what they have seen.
Through our Lord Jesus Christ, your Son,
Who lives and reigns with you, in the unity of the Holy Spirit,
One God, for ever and ever. Amen.

(Apart from some rare exceptions, the Collecta/Collect end with the sentence that begins, “Per Dominum nostrum….” in Latin, or in English “Through Our Lord…” The phrase is omitted from all subsequent prayer texts.)

  英語とラテン語には「主」としかないが、日本語は「恵み豊かの神」となっていることは興味深いところです。そして神様は私たちを顧みるのを前置きにして、二つのことを祈ります。

  一つ目、わたしたちが何をなすべきかを知り. 自分の祈りを振り返ってみる。そして、祈るとき私たちは自分の願いについてよく祈ります。イエスに倣って祈ろうとするとならば、もっと大事な祈りはあるはずです。私たちにとって神のみ旨をわかるようにと。いま私にとって必要なものは何でしょうか。集会祈願の後半、間接的にそれに触れています。

  二つ目、果たすべき使命を全うすることができますように……自分の使命、召命は何でしょうか。一人ひとりにはそれぞれの「いのちの召し」方があります。その一人ひとりにしか反映できない神のみ顔の一面と言いましょう。これは自分一人でできないことです。周りの信徒の理解、信徒共同体の力、そして言うまでもなく聖霊の導き、御父の愛、キリストのご受難と復活の恵みなしに全うすることは不可能です。ある意味でこの祈りは年間の初めだけではなくて毎日祈るべき祈願でもあります。
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