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典礼における信徒の奉仕職
―信徒としての司祭職―

会衆の一人としてD

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姿勢、所作・動作 その5

「お辞儀、会釈、挨拶」U

聖変化後のお辞儀

  会衆にとって次の「お辞儀」は聖変化後です。これに関してルブリカをよく読む必要があります。

「聖別されたパンを会衆に示した後、パテナの上に置き、合掌して深く礼をする。」

  カリスについても同じようなルブリカがあります。その時会衆は司祭と一緒に深くお辞儀するようになっています。示されている間ではなくて、その後です。下げられた頭にパンを示す意味はありません。

  1100年-1200年までパンを会衆に示す習慣はありませんでした。そして、信徒のご聖体拝領はないに等しい状況でした。そこで、フランスでは代わりにホスチアを見せる、見る習慣がはじまりました。カンパヌラ(鈴)を鳴らす習慣は会衆の集中を促すためでした。第2バチカン公会議前の奉献文中の予備鈴もそのためでした。カリスを見せるような習慣はその50年後少しずつ広めたそうです。

  歴史を調べてみると早い段階で奉献文の最後に、司式司祭がいわゆる栄唱を唱えている間にパテナとカリスを高く持ち上げる習慣が始まっています。パテナとカリスを奉持する一番古い習慣という学説もあります。今のルブリカこうなっています。

「パテナとカリスをいっしょに奉持して唱える。」

  ここでイエスの御体と御血が捧げられていると理解してもいいでしょう。そしてこのときこそ目も心も上げてみることが肝心です。私個人としての考えですが、栄唱を終えて、会衆の答えの「アーメン」を受けてパテナとカリスを置いて司祭も、その他の奉仕者と会衆は、主自らがいけにえとされたことに深い「お辞儀」という行為により心を表すことが自然なように思います。残念ながらルブルカに何も書いてありません。そうすると奉献文の最後には幾分の荘厳さを持たせて締めくくることとなります。交わりの儀に移る前に間を置くこと、心の準備のきかっけにもなります。
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