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典礼における信徒の奉仕職
―信徒としての司祭職―

もてなしMo-Te-Na-Shi  2

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  東京を2020の五輪候補地の誘致活動が盛んに行われたころ滝川クリステルが「もてなし」という言葉をよく使いました。辞書で調べたらー「客への対応の仕方。待遇。」としか書いてありません。今ひらがなで書きますが漢字で書くと「持て成し」とかきます。似た言葉として「奉仕」はよく出てきます。さらに調べみましたところ、「もてなすとは、心から歓迎する気持ちを込めて相手を丁重に扱う意。御馳走を出すとは限らず、客を歓迎する態度自体をいう場合もある。」1980代のNHKアナウンサー鈴木健二の著作、「気くばりのすすめ」(講談社、1982)を通して気くばりが流行語になりました。もてなしの概念に繋がりますね。「心をこめて行うもの、相手に気をつかうこと」について考えてみましょう。 私は1993年以降、直接小教区の司牧に関わっていませんが、カトリック南山教会の英語ミサの司式をし続け、南山教会司祭館に居をおく身として、「奉仕」について1976年に来日して以来、私の経験から振り返ってみたいと思います。

  イギリスなど、英語圏の国で、“The Ministry of Hospitality”について教会で、特ミサにおいてよく耳にします。日本語に直せば”Ministry”は奉仕職、”Hospitality”とは?英語を母国語にする私も一言で言い表せないので辞書で調べてみました。「『旅行者や客を親切に歓待』、『遭遇する』、『もてなすこと』」とありました。「もてなしす」ということと「奉仕」とを具体的に考えていきたいと思います。以下にあげるおそらく4つの奉仕に関わると思います。

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進行役(進行係・司会役)

来日する前に進行役がごミサに必要だと考えたことはありませんでした。イギリスやアイルランドで見かけたことがありません。日本で長年、住んできて今だにその役割を果たす人の必要性について疑問を持っています。第二バチカン公会議後の典礼刷新で一時的に必要だったかもしれませんが、2013年に典礼憲章発布50周年を迎え、その必要性は低くなりました。ですが、日本の慣習として進行役を置くならば留意する点はいくつかあります。

A)進行役を先唱者と呼ぶのは相応しくありません。先唱者は英語でいうところの”cantor”です。つまり、詩編など、応唄句を持つ歌を先導するのが「先唱者」です。なお、cantor(先唱者)は信者にとって見やすいところに立ちます。

B)ミサの流れの妨げにならないように配慮し、信徒にとって分かりやすい簡潔な言葉で伝え、発言の数を極力おさえることが必要です。

C)ミサが始まる、5分〜10分前には皆さんを黙想の期間に誘導する。従ってミサの前に行われる朝の祈りなどはその前に終わることが必要とされます。

D)祝福と派遣の前にお知らせの時間を儲ける教会が多いのですが、その知らせは本来なら助祭の役目であり、助祭がいるならば助祭がするべきでしょう。助祭がいない場合は司式司祭でも可能です。進行役に委ねることもあります。いずれの場合でも複数でお知らせをすることは避けた方がよいでしょう。数件だけにとどめ、そして簡潔に行うことが大切です。

E)最後に時々司式司祭とその他の奉仕者が退堂してからこのアナウンスを聞きます。「これをもって○○の主日のミサを終わります。」これは必要ありません。司式司祭の派遣の言葉「感謝の祭儀を終わります。行きましょう、主の平和のうちに」と重複し、ときには軽視している印象を与えこともあります。

何よりももてなしの心を大事にしましょう。
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