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11月9日  ラテラン教会の献堂(祝日)

ヨハネによる福音(ヨハネ2・13-22)

ユダヤ人の過越祭が近づいたので、イエスはエルサレムへ上って行かれた。そして、神殿の境内で牛や羊や鳩を売っている者たちと、座って両替をしている者たちを御覧になった。 イエスは縄で鞭を作り、羊や牛をすべて境内から追い出し、両替人の金をまき散らし、その台を倒し、鳩を売る者たちに言われた。「このような物はここから運び出せ。わたしの父の家を商売の家としてはならない。」 弟子たちは、「あなたの家を思う熱意がわたしを食い尽くす」と書いてあるのを思い出した。ユダヤ人たちはイエスに、「あなたは、こんなことをするからには、どんなしるしをわたしたちに見せるつもりか」と言った。 イエスは答えて言われた。「この神殿を壊してみよ。三日で建て直してみせる。」それでユダヤ人たちは、「この神殿は建てるのに四十六年もかかったのに、あなたは三日で建て直すのか」と言った。 イエスの言われる神殿とは、御自分の体のことだったのである。イエスが死者の中から復活されたとき、弟子たちは、イエスがこう言われたのを思い出し、聖書とイエスの語られた言葉とを信じた。
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9日はラテラン教会の献堂記念日です。第1朗読のために、ふたつの朗読が用意されていますがいずれかを選択して読みます。 献堂も主の祝祭日として、典礼刷新により盛大に祝われるようになりました。ラテラン教会は、ミラノ勅令でローマの禁教令が解かれた翌年の324年、 ローマ司教(教皇)座教会としてコンスタンティヌス皇帝により建てられました。この献堂記念日が11月9日に祝われるようになったのは、11世紀になってからです。
ラテラン教会は、ローマの司教座聖堂として、「すべての(諸)教会の母」と呼ばれています。ラテラン教会の前身は、16世紀の発掘でラテラニ家の豪華な邸宅であったことが分かりました。 その後、コンスタンティヌス皇帝皇后の宮殿になり、キリスト教の信仰が自由になったときに、この宮殿の一部が教会に改造されたのです。1123年には、はじめてここで公会議が開かれ、 また多くの人々がこの洗礼堂で洗礼を受けました。
ローマの司教でもある教皇は、毎年聖木曜日にはこの大聖堂を訪れ、主の晩餐式(ばんさんしき)を行います。
ラテラン教会は、洗礼者ヨハネと福音史家であり12使徒の一人である使徒ヨハネの両ヨハネの名をとって、Basilica di “San Giovanni in Laterano =ラテランの聖ヨハネ大聖堂”とも呼ばれています。
「教会」とは、本来エクレジア、つまり呼ばれた者の集い。神の民の集会です。ですから、教会が献堂を祝うこの日は、旅する神の民のために祈る日でもあります。 この日、教会の誕生とその成長・発展の歴史を記憶し、感謝しながら、すべての祝福の源である教会、キリストの体である教会、またキリストの体である一人ひとりのキリスト者のために祈り、キリストが、教会とそのメンバーのうちに住んでくださるように祈ります。 この日、ラテラン教会を思いながら、信徒一人ひとりがキリスト者の集まりである教会の誕生をも祝いたいものです。
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